2025年12月16日火曜日

富士山

 


 二階にある仕事場の窓から富士山が見える。左右の裾野は近所の家の屋根などに遮られて見えないが、五合目あたりより上の美しい姿が、とくにこの季節は、雪に覆われて輝いている。

奇妙に聞こえるかもしれないが、実はそのことに気づいたのは最近のことである。この家に越してきてから5年近くになるが、最近まで自宅の、それも自分の書斎から富士山が見えるなどということは思いもよらなかった。富士山の眺望があることを一つの価値として家やマンションを選んだのに、後から建ったビルなどに視界を遮られて見えなくなった、という話はときに耳にするが、私に起こったのはその反対のことである。

自宅の西隣は100坪ほどの屋敷林になっていて、午後の木漏れ日が心地よく、朝は小鳥たちが集う姿を楽しめる。そのことはこの家を選んだ理由の一つだった。以前書いたように、ある日この屋敷林に重機が入って、南側の大木を何本か切り倒してしまった。後日、その屋敷林の所有者が我が家との境界の雑草を刈り取っているときに話を聞くと、強風による倒木で近隣に被害を与えることを危惧してとくに危険な何本かを伐採したが、屋敷林は残すつもりだということで、木漏れ日と小鳥たちは安泰だと安心したのであった。そして、屋敷林の南側にある所有者宅の西側にあった高さ十数メートルの並木がすべて伐採されたのが今年の夏だった。おそらく同じ理由であろう。木漏れ日の一部が失われ西日が直に当たるようになったが、それと同時に、南西の方向に富士山が見えるようになったのである。

西武池袋線に乗っているとところどころで車窓から富士山が見えるのだが、こちらに引っ越してきてはじめてそのことに気がついたときには、その大きさに驚いた。というのも、小学生の時2年ほど豊島区の小学校に通っていたのだが、通学路の途中で富士山が見える交差点があり、そのとき見えた富士山はもっと小さかった-というよりも小さく見えた記憶があったからだ。錯視の一種だと思うが、いま見える富士山は、電車の車窓から見える富士山よりは少し小さく見える。

北中の森の散歩コースでも、森を西に抜けたあたりでやはり富士山が見える。それに気がついたのは森を歩き始めてしばらくしてからのことだった。春から秋にかけては霞んで見えないことが多いが、冬は空気が澄んでいて、秩父、多摩の山々の美しい稜線とともにいまでは朝の散歩の楽しみの一つになっている。